相続税税務調査の実態|預貯金の申告漏れ指摘の内容について

Aさん(世帯主)が亡くなりました。
Aさんの家族は、配偶者、長男の3人家族で、Aさんが保有する財産や、Aさん所有の物件の家賃収入、Aさんが経営する会社からの役員報酬もすべて配偶者が把握していました。
そのため、相続税申告にあたっては税理士に委任し、配偶者が知る限りの通帳などを見せ、無事申告を済ませました。

申告後1年程度経過した日に行われた税務調査で以下の預貯金の申告漏れが発見されました。

(指摘①)

Aさんが普段使っていた机の引き出しに通帳などの一式が入っていたため、その引き出しを税務調査官に見せた際に、多額の現金が発見された。また、貸金庫もあったため、調査官と一緒に貸金庫のある銀行に行ったところ、貸金庫の中にも多額の現金が発見された。

いずれも相続財産として申告しておらず、その結果、現金の申告漏れとして追加の納税と、相続財産を隠ぺいしたとして重加算税という大きなペナルティが発生した。
なお、この現金のでどころはAさんが亡くなる数か月前に銀行口座から出金したものであった。

(指摘②)

相続財産として申告していた普通預金と同銀行・同支店に、申告していない定期預金の口座が発見された。

その結果、定期預金については相続財産として申告していなかったため、預貯金の申告漏れとして追加の納税と、ペナルティが発生した。

(指摘③)

Aさんの銀行口座から現金で引き出し、現金で長男の口座に入金したと思われる取引が(贈与)が発見された。贈与契約書など贈与という行為を示す証拠がなく、名義預金として認定され、申告漏れを指摘された。

このように、相続税申告の調査では現預金の申告漏れが指摘されることが多いのが実情です。では、どのような手続きを実施すれば、申告漏れを防ぐことができるのでしょうか。それには相続税調査の実施状況や、現預金に対する調査の実態を確認することが必要となります。

相続税税務調査の実態|相続税調査の現状と、税務署の目線でみる事前確認項目

細かい統計数値はここでは記載しませんが、平成27年から税法改正により相続税を算出する際の基礎控除の金額が減少したことにより、相続税の申告実績は年々増加している傾向にあります。

これらの申告に対して税務調査がどれくらい実施されているかというと、提出された申告書の約10%程度が調査の対象となっていることが国税庁の統計資料から計算することができます。

そして、税務調査を受けた結果、年度で多少のバラツキがあるものの、調査案件のうち約80%もの案件がなんらかの指摘をされ、追加納税、また、ペナルティが課せられている状況にあります。

この指摘のうち最も多いのが、預貯金の申告漏れとなっています。
相続財産の金額の構成比でみると、土地・建物などの不動産が約4割、現金・預貯金が約3割を占めています。相続財産額だけでみると不動産の占める割合が大きいので、これらの申告漏れの指摘が多くなるように思えますが、実際には現金・預貯金の申告漏れの指摘が圧倒的に多い現状となっています。

このギャップは、税務署が調査対象を選定する際に、なにをポイントにしているのかを理解すると見えてきます。

    調査対象の選定ポイント(一例)

  • ① 遺産額が一定額以上の事案
  • ② 流動資産(預貯金や有価証券など)が多い事案
  • ③ 被相続人が高額所得者である事案
  • ④ 生前に多額の現金出金がある事案
  • ⑤ 貸金庫がある事案

このような事案を調査対象として選定することになりますが、ここで知っていただきたいことは、税務署は被相続人やその相続人の過去の申告状況、通帳をすべて洗い出し、入出金の履歴を追いかけたうえで税務調査を実施するということです。
このような事前確認のなかで、例えば、以下のようなことを確認しています。

  • 特定の銀行口座が相続税の申告書にのっていないこと
  • 生前に多額の引き出しがあるが、過去に贈与税の申告書が提出されていない、現金として相続税申告書にのっていない、名義預金として認定すべき疑わしいものがあること
  • 被相続人が死亡した後に保険会社から生命保険金の入金が相続人に対してあるにもかかわらずそれが申告書に財産としてのっていないこと

このように、預貯金の申告漏れは比較的簡単に調査前に発見することができるため、預貯金の申告漏れの指摘が多くなっています。逆を言うと、納税者に対して税務調査の通知をする場合、税務署はなんらかの申告漏れを確認していることがほとんどということです。

では、相続財産の多くを占める不動産に関連する指摘がどうなっているのかというと、相続財産としての不動産は、その評価方法が専門的かつ複雑であり、また正解がひとつではないこと、さらに、評価を下げる特例が各種用意されているという特徴があげられます。そのため、相続税申告の依頼を受けた税理士はこの不動産についての評価が最も慎重になり、また、時間と手間をかけることになります。しかしながら、調査で不動産の申告漏れなどを指摘される件数は、預貯金の申告漏れの指摘件数よりも著しく小さくなっています。

これは、税務署も短い時間で効率的に申告漏れを発見・指摘したいため、評価方法が複雑であり、また正解がひとつではない不動産についてひとつひとつ時間をかけて再評価することは効率的ではありません。
そのため、不動産の評価に明らかな誤りがある場合や特例の適用誤りがある場合を除き、預貯金の申告漏れを発見するほうが効率的な課税実務になるといえます。

以上からわかるように、相続税申告において気を付けるべき点は、現金・預貯金のうち、申告漏れをしているものがないかどうかのみに尽きるといっても過言ではありません。

では、相続人が預貯金の申告漏れをどのように防ぐのか、ということが相続税の申告にとって重要なポイントとなります。
被相続人の財産をすべて把握しており、それが一覧化されているなどの場合は問題にはならないため、被相続人は生前に財産を定期的に一覧化し、そのありかを相続人に伝えておくことが重要となります。ではそのような一覧がない場合はどのように被相続人の預貯金を把握するのでしょうか。次で確認していきたいと思います。

相続税税務調査の実態|現預金の申告漏れがないようにするには

預貯金の申告漏れがないことを、以下の資料で確認していくこととなります。これらは税務署が調査対象を選定する際に行うものと同じ方法であり、これを相続人が丁寧に行うことで申告が漏れるおそれは少なくなりますし、また、税務調査自体が行われなくなる可能性もあがります。

確認資料 確認項目
所得税(法人税)申告書 所得税申告書(被相続人が法人を経営していた場合は法人税申告書も含む)は、被相続人のお金にまつわる歴史を象徴的に表しているものです。
たとえば、株式の譲渡所得がある場合は、証券会社の口座があるでしょうし、また証券会社と同系列の銀行口座がある可能性が高くなります。
また、給与・年金や不動産所得などの存在がわかるので、どの銀行口座にそれらが振り込まれていたのかを確認できます。
さらに、生命保険料などの支払が確認できるため、死亡による保険金の入金が相続人の誰に払われるのかも保険会社に確認することができます。
法人決算書 被相続人が法人を経営していた場合、その法人が利用している銀行口座の内訳が記載されています。法人口座がある銀行に被相続人の個人口座がある可能性が高くなります。
被相続人が相続した(先代などの)相続税申告書 被相続人の財産を構成するものとして意外と見落とされがちなのが、先代などからの相続で得た財産です。
先代などの相続税申告書があれば、そこに記載されている相続した財産が現在どこにあるのかを確認することができます。
相続発生前5年間、発生後1年間の入出金履歴(通帳) 入出金履歴も被相続人のお金にまつわる歴史を象徴的に表しているものです。可能であれば被相続人の通帳だけでなく相続人の通帳を確認することが重要です。
100万円単位など比較的大きな入金があれば、それはどこから入金されたものであるのかを確認する必要があります。入金元が不明であれば、他の銀行口座や、他の財産の存在を疑わなければいけません。
また、生活費程度の少額なものは無視して問題ないのですが、100万円単位の比較的大きな出金や、数十万単位ではあるが頻繁に出金されているものであれば合計すると金額が大きくなるので、このような出金の使い道も確認しなければいけません。浪費家や、お金のかかる趣味を持っているなどであればほかの財産となっていないことも考えられますが、使い道が不明なものがあれば、名義預金の存在、へそくり(現金)、相続人や第三者への贈与の存在を疑わなければいけません。
なお、5年間や1年間というのはあくまでも目安であり、さらに長期間の確認が必要な場合もあります。
残高証明書 相続発生日時点の銀行残高を確認するため、取引銀行に対して残高証明書の発行を依頼し、それに載っている残高を相続財産として申告します。
貸金庫 相続人が貸金庫の存在を知らなくても、通帳の履歴を確認する際に貸金庫料の引き落としがあることでその存在を知ることがあります。
貸金庫があれば、実際に貸金庫の中身を確認し、相続財産を構成するものがないかどうかを確認することが必要です。
また、貸金庫だけでなく、自宅の引き出し等にも相続人が知らない現金などが眠っていることもあります。被相続人の引き出しなどを開けるのは気が引けるかもしれませんが、適切な相続税申告の観点からは開ける必要があります。
その他 税務署のような権限がないとここまで確認することは難しいかもしれませんが、過去の勤務地や事象所所在地の周辺の金融機関にも残高証明書の発行を依頼することも場合によっては必要です。

相続人が相続の申告にあたって、以上のことをすべて確認していることは稀ではありますが、ここまでしてようやく預貯金の申告漏れの可能性をゼロに近くすることにできます。

また、相続財産が基礎控除額以下のため相続の申告が不要と判断する際にも原則として以上のことをしておかなければなりません。確かに把握している相続財産は基礎控除額以下かもしれませんが、これらの確認をすることで基礎控除額を上回り、結果として、無申告となっているケースがよくあるので注意してください。

相続税調査の実態|事例への結論

話はさかのぼり、Aさんの事例をおさらいすると、指摘事項は以下のとおりでした。
繰り返しになりますが、相続税調査の指摘は預貯金の申告漏れの指摘がほとんどです。
Aさんは大変な資産家で預貯金額も相当多いものの、Aさん所有の不動産の金額はそれをはるかに上回っている状況にありました。しかしながら、税務調査での指摘はすべて預貯金の申告漏れでした。

これらの指摘は、さきほど記載した確認項目を丁寧に確認していれば防げていたはずです。

(指摘①)

Aさんが普段使っていた机の引き出しに通帳などの一式が入っていたため、その引き出しを税務調査官に見せた際に、多額の現金が発見された。また、貸金庫もあったため、調査官と一緒に貸金庫のある銀行に行ったところ、貸金庫の中にも多額の現金が発見された。

(指摘②)

相続財産として申告していた普通預金と同銀行・同支店に、申告していない定期預金の口座が発見された。

(指摘③)

Aさんの銀行口座から現金で引き出し、現金で長男の口座に入金したと思われる取引が(贈与)が発見された。

(確認すべき項目①)

貸金庫に実際に赴いて中身を確認し、また、引き出しを開けて中身を確認する必要がありました。相続人はこの現金が相続財産にならないと思っており、税理士に伝えなかったようですが、税理士にも申告の際には貸金庫などを確認させることが重要と考えられます。

また、通帳の履歴を確認すれば亡くなられる前に多額の現金が引き出されていることから、この現金が相続発生時にどこにあったかを確認しておくべきでした。

(確認すべき項目②)

これに関しては、単純に銀行に残高証明書の発行を依頼すれば確認することができます。

相続が発生すると相続人は悲しみの中様々な手続きをしなければならず、手続きがおっくうになり、必要最低限以外はしたくない、という方が多くいます。そのような場合、残高証明書を取得せず、手元にある通帳で申告を行うことになりますが、例えば通帳が発行されていない定期預金などが漏れる可能性があります。

(確認すべき項目③)

被相続人の通帳履歴を確認することは基本ですが、相続人の通帳履歴を確認することが必要と考えられます。それにより、この現金でのやり取りは事前に把握することが可能でした。
家族円満であれば、このような確認も可能となりますが、仲が悪く“争族”状態になっている場合は、このような預貯金のやり取りに気づかない場合も多くあります。

以上のとおり、Aさんの事例では基本的な確認作業をしていれば預貯金の申告漏れは防げたであろうと思われます。
税理士に依頼していたとしても、残高証明書だけを確認して相続税の申告を行う税理士もいますが、通帳履歴の確認を丁寧にしないとこのような指摘を防ぐことはできません。

なお、遺産分割などでもめている“争族”状態にあって、遺産分割の協議を弁護士に依頼した場合は、通帳履歴の確認を弁護士が細かく実施しますので、その確認は相続税申告の助けにもなります。
そういう意味で、遺産分割と相続税申告は弁護士と税理士セットで依頼することが効率的だといわれます。